幽霊退治

昔ね、探偵やってたことがあるんですよ。探偵。
でね、その時に少しばかり変わった依頼を受けたことがあってね、
それがね、なんと幽霊退治。
幽霊がビルに現れるからってんでそいつを退治してくれって、まあ変わった依頼でしたよ。

あれは、ちょうど春の花盛りで桜吹雪の舞い散る時期の頃でした。
その日は、つまんない書類仕事と格闘していました。
また汚ったないオッさんとオバさんの浮気現場を押さえたので、その結果を奥様であらせられるところの有閑マダムに報告しなければならなかったのですよ。
目元にハンケチ当てながら、口角泡吹いて喋るマダムでね、ちょっと正視に耐えかねる部分がありましたわ。

報告のやりとりを思うと気が重くなるので、キーボード叩くのをやめてふと外を眺めると、あたり一面が桜吹雪で覆われていました。
窓から私の目の前に一ひらの花弁がはらりと舞い落ちて、まるで絡新婦の理のワンシーンみたいで。寒さが開けた後に一斉に咲き誇りながら、短い間に儚く散る日本の美に意識を奪われていると、安寧と静寂を破る一件の電話がけたたましく鳴り響いたんですよ。
なんとなく不吉を告げるような、間の悪いタイミングでした。

それはお得意様からの電話でした。
今日は変わった依頼がある。という前口上。電話口では伝えにくいから、一度自社まで来てほしいとのことでした。
依頼があるのはそっちやろ、そっちから来んかいボケ!って言ってやりましたよ。まあそれは嘘ですけれど。さんざん世話になっているのでね、こっちから出向きました。零細の辛いとこですよ。

顧客先では、油ぎったオッサンが汗を拭き拭き開口一番こう来るわけですよ。とある貸しビルに、幽霊が現れたという目撃談が頻発しているから事実関係を調査して、可能であれば退治してほしいと。
何を寝言ぬかしとるんじゃ、私らは便利屋でも子供の使いでもないわ。と言い返せないくらいお世話になっていたのでね。
仕方がないから、じゃあそのゆーれービルをとりあえず下見しようってことになりました。

さっそくその日の夕方にね、下の人間と現場を訪れてみました。
示された場所に聳え立つは、築何十年の建築法なんか糞食らえってな気概の物件。傍らには池に柳に枝垂桜に雰囲気漂わせて、繁華街の片隅でそこだけ別空間を作っているまさにいかにもなシロモノでね。
私は後輩と顔と資料を突き合せて、何度も何度も場所を確認しましたよ。

とりあえず中に入るだけ入ってみようやってことで、薄暗い玄関のエレベーターの昇降ボタンを押しても故障中。
仕方がないんで、階段からその会社の前まで行こうやってことにすると、ギシリ、ギシリと音を鳴らす危うい調子。ジトっとした冷たい壁に手を伝いながら思わず身を寄せ合い、少しかがみながら昇っていきました。
点滅する電灯、低く残響こだまする廊下、割れたガラス。期待を裏切りません。もうヤケクソですわ。
そうこうして、果たしてやっと顧客が言っていた問題の会社の前までたどり着きました。

まだ営業時間のはずなのに、息を殺してドアに耳を当てても何も聞こえない。埒が明かないので、ドアノブに手をかけると、カチリと開くんですよ。顔が出る程度に覗くとつい立てが邪魔して中の様子を伺うことができなかったので、意を決して中に入ることにしました。
部屋の様子だけでも見ておこうと、恐る恐る中まで入ると、、、

がらんどうの大部屋にゆらめく人影が。錯覚かと思って目を凝らすと、全速力でこっちに向かって来たんです!
私ら二人はもつれながら慌てて逃げ出しましてね、もう何が何やら。階段を駆け降りて、廊下で転んだ後輩を置き去りにして、声上げて振り返らず外まで逃げると、誰も追ってこない様子。

。。。。

実際は、幽霊会社(ペーパーカンパニー)の調査依頼という話でした。
その住所をとりあえず訪れてみたけれど、誰か人がいてビックリしたという話だったのですが、普通はペーパーでもそれっぽく盛ってるものなのに、だだっ広い部屋にぽつん一人、しかもそれが追ってくるってのはちょっと無い話だったので。
まあ探偵なんてやっていると、たまには変わった依頼はあるものですけれどね。

ちなみに後日談として、顧客に結果を報告した際に言われたんですよ。
「あの会社はフロント企業だって言われてるのに、わざわざ訪れるなんて度胸あるねえ。ヒヒヒ」
最初に言っておけや!あの時はたまたま中にいたそういう人が追っかけてきたってことかよ。腹に据えかねていた我々は一世一代の啖呵を切ってやりました。
「ありがとうございます!今後ともよろしくお願いいたします!」

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